「物理学で生物がわかる」(日本物理学東北支部主催「出前授業」)

東北大学大学院理学研究科物理学専攻生物物理
       大木和夫

「生物」は我々自身がその一員であり、誰もが無関心ではあり得ない。

(地球)生物は'水'の惑星で誕生し、地球環境との関わりの中で'生きる'ためのエネルギーを得る方法を求めて進化して、現在に至っている。“生物”とは《制御された化学反応のシステム》であり、その解明には化学が最も有効な学問であるが、生物の複雑な機構は'物質とエネルギー'の視点で物理学により簡単化して理解できる。

『図を見た後、ここに戻るにはブラウザの'戻る'を使用して下さい。』

【地球生物を理解するキーワード:エネルギー
 物理学で生物を理解するときのキーワードは「エネルギー」である。エネルギーはその形を変えることはあるが、生まれたり消えたりすることはない。(エネルギー保存則) エネルギーの本来の形は質量であり、アインシュタインは質量とエネルギーの関係を示した。(宇宙の全質量についてはまだ、答えが得られていない。)生物が生きている状態はエネルギーについての物理学、つまり、熱力学では゛定常状態(非平衡状態)」である。
 定常状態を維持するには常にエネルギーを供給する必要がある。
【地球生物の誕生】
 地球生物の代表として、ヒトの元素組成を調べてみる。
地球生物の材料となる元素  宇宙と地殻における元素の存在量 (Si=1としHeとNeは除く)
原子番号 元素     宇宙    太陽表面      地殻   
 1     水素 H   4 ×104    5.1       1.4×10−1   
 6     炭素 C   3.5       1        2.7×10−3   
 7     窒素 N   6.6       2.1       3.3×10−4   
 8     酸素 O   2.2       2.8 ×102   2.9  
14    珪素 Si   1        1        1

人体の元素組成(乾燥重量の%) 元素 %          元素 %
                  炭素 C  50         酸素 O  20
                  水素 H  10         窒素 N  8.5
                  カルシウム Ca  4     燐 P    2.5
                  カリウム K     1     硫黄 S  0.8
                  ナトリウム Na  0.4   塩素 Cl  0.4
                  マグネシウム Mg 0.1   鉄 Fe   0.01
                  マンガン Mn   0.001  沃素 I   0.00005

 珪素(Si)を除けば存在量の多い水素(H)、炭素(C)、 窒素(N)、酸素(O)が生物の主要な構成元素である。 生物に限らずすべてのものには材料があり、そのもととなるのは元素である。 生物(ヒト)を作っている元素の多い方から四つは宇宙、地球で多い方から四つと一致しており、それは水素、酸素、炭素、窒素である
【生きている状態'の物理学】
「熱平衡状態」
 生きている状態の定常状態は非平衡状態の1つである。 非平衡状態を理解するために、まず、平衡状態を理解する。 非平衡状態のものに外から物質やエネルギー(熱)を与えなければ、平衡状態に到達し、その後は時間を経ても平衡状態のままで変化しない。
「生物の生きている状態=定常状態(非平衡状態)」
 生物の生きている状態とは非平衡状態の1つ)である。 定常状態(非平衡状態)を維持するためには常にエネルギーを供給する必要がある。 ヒトは生きていくためにエネルギーの供給が必要であり、食餌を取らなければならない。
「動物(ヒト)の生存に必須なもの」
「生体内でのエネルギーの利用」
「生体の基本的な高エネルギー分子」
【生物と細胞】
「生命の基本単位=細胞」  
 地球の生物はすべて細胞から作られており、1つの細胞がそのまま1つの生物である単細胞生物から、ヒトのように60兆個から70兆個の細胞で出来ている多細胞生物までがある。細胞の内部は多くの膜で区切られており、そこでは様々な化学反応が進行している。これらの化学反応にはそれを触媒する酵素蛋白質があり、この酵素蛋白質が遺伝情報に従って作られるので、「細胞(生物)は制御された化学反応のシステムである」と言える。

【生物の進化とは】
「化学進化」
 細胞を作るための分子はアミノ酸、糖、核酸塩基が基礎となり蛋白質、核酸などが作られる。 材料となる水素、酸素、炭素、窒素にエネルギーを加えると、そのエネルギーを原子間の結合に取り込んで生体分子が作られ、充分な時間を経て多くの生体分子が生成する。
「生物進化の代謝系からの説明」
 生物の進化は物質・エネルギー代謝の進化として説明出来る。 ある種の有機物をエネルギー源として利用する生物種が、その有機物が枯渇すると、類似物質を最初の有機物に変換する酵素を獲得する変異種が誕生する。 この変異種はその類似物質をエネルギー源として繁殖する。このように、順次に代謝経路が延長された変異種が誕生する過程が進化であると説明できる。
「地球生物の誕生と進化」
 種々の生体分子が作られた後に生物の誕生となる原始的な細胞が出来たかは、まだ、分かっていない。 水の存在する環境である海で生命は誕生した。 進化はエネルギー利用システムの進化であり、安定なエネルギー源として現在の地球は太陽エネルギーを利用する植物が生態系を支える世界となっている。
「地球大気と惑星大気の比較」
 地球以外の惑星に生命が存在するかを探る惑星探査計画で生命の存在をどのように判定するかを考える中で「ガイア」理論が生まれた。地球の大気を金星、火星と比較すると地球の二酸化炭素濃度が極めて低いことが分かった。二酸化炭素濃度が高い、金星、火星は平衡状態に近いが、地球は非平衡状態になっており、二酸化炭素濃度が低い。
「大気と海洋の組成」
大気と海洋の組成 現在の地球と化学平衡に到達したと仮定したとき  
  主 要 成 分 (%)  
  物質         現在の地球     化学平衡
大気の組成
  二酸化炭素(CO2)     0.03       99
  窒素(O2)          78         0
  酸素(N2)          21         0
  アルゴン          1         1
海洋の組成
  水(H2O)         96          63
  塩             3.5         35
  硝酸ナトリウム    微量         1.7
・地球は平衡状態とは異なる大気組成と海洋組成にあり、これこそが地球に生命が存在し、地球自身が生命体であることの証明となる。
 化学平衡に到達したと仮定したときの大気と海洋の組成は現在の地球での組成と異なっている。地球の非平衡状態は生物の存在のためであり、地球を1つの生命体と考えることも出来る。地球生命体のエネルギーは太陽により供給されている。
「太陽エネルギーによる水の循環と電気エネルギーへの変換」
 太陽は地球にエネルギーを注いでおり、いろいろな形で利用できる。 水を循環させている太陽エネルギーは水力発電として、電気エネルギーに変換して利用されている。
「太陽光エネルギーの地球生態系による利用」
 地球生態系(地球生命体)では植物が太陽エネルギーを取り込んで生育し、動物は食物連鎖によってそのエネルギーを利用している。
「クロロプラストとミトコンドリアのエネルギー代謝と物質代謝の結合」
 地球生態系のシステムは水を利用したエネルギーの循環であり、太陽電池による水の電気分解と電気分解で生成した水素と酸素を利用した燃料電池のシステムとして捉えることも出来る。実際には植物は二酸化炭素と水からでんぷん(多糖体)を作り、それを動物が食べているが単純化したエネルギーの流れは太陽電池による水の電気分解と電気分解で生成した水素と酸素を利用した燃料電池のシステとなる。